2001.6.4号 07:00配信
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大草原からのぷちメッセージ

耳を切られた牛

(by いくちん)


牛飼いの仕事にも大分慣れ、昼の餌やりくらいなら一人で出来るようになった頃の事です。畑の仕事が忙しく、父ちゃんが留守にしがちな日が続きました。

毎日、一人でする労働に疲れが出始めたある日。私はいつものように、10時頃から、昼の給餌に取り掛かりました。彼女達は、飼槽を歩く私の姿を目で追いながら、首をもたげ、早く早くとせがむポーズを取りました。スコップで順番に与えていたのですが、なにげなく振り落としたスコップの先が彼女の耳の裏、頭との付け根付近に命中したのです。「ポンチアク・コリー・クリーメル」10才のおばあさん牛です。鋭く裂けた傷口から、鮮血が飛び散りました。「うわぁー」っと叫びオロオロしている間に、それはみるみる飼槽に溜まり、濃い色の赤に変わりました。傷口を手で押さえてみましたが、指の隙間からドロドロと流れる赤いものは、止まる事をしりません。私は慌てて、赤い手のまま電話を取り、獣医さんを呼びました。

幸い、近くで往診していた獣医さんが、すぐに駆けつけてくれました。到着した獣医さんを誘導し、見るに無残な彼女のもとへ。改めて見た彼女の耳は皮膚一枚で維持され、枯れてこうべを垂れた花のように、くたーっとしていました。獣医さんは、「すぐに美人にしてあげるよ」っと一言つぶやいて、針と糸を手にその場で患部を消毒し、手術を始めました。皮膚を縫い合わせ、手術は完了したものの、一向に自力で耳を持ち上げる事は出来ない様でした。

「それにしても、キレイに切れたもんだねー。」っと苦笑いを浮かべる獣医さんの顔と、まだ垂れたままの彼女の耳を交互に見ながら、さっきの悪夢を思い出していました。「あんなに大量の出血は見た事なかったよ」っといまだ鼓動の早い私に、「あの位の出血では命に別状ないんだよ」っと獣医さん。そう教えられて、「そうかーこの体だもんねー。」やっと、胸をなで下ろす事が出来ました。「ポンチアク・コリー・クリーメル」は、その後も片方の耳が少し垂れて愛嬌の
ある顔で私の給餌を待っていましたが、次産の難産で死廃してしまいました。あの時の悪夢は今でも私の記憶の中に、教訓として残っています。


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