2000.4.6 07:00配信


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流氷の世界(11)

海からの素晴らしい贈りもの


流氷閑話 海明け物語

流氷速報:北大流氷レーダーによると3月13日まで沿岸全域を覆っていた流氷は急速に沖へ去った。海明けかと思いきや再び接近。一進一退の後、4月5日今日現在は網走沖30km付近に散在するのみ。いよいよオホーツク海に春が戻ります。
私、ここの流氷に別れを告げ、シベリア大陸沿岸のオホーツクへの旅にでます。今回は海明けのお話、留守中用に旅の閑話おにぎりの話をお送りします。では、皆様お元気で。

3月下旬。春一番に、氷野は急速に緩み、青い海が顔を出し始めた。ちぎり絵のような流氷の群れが去っていく。オオワシもアザラシも北へ向かった。化粧直しを終えた漁船は、次々に海に降ろされていく。エンジンの音が港に響き始め、浜に活気が戻ってきた。

オホーツク海の 海明けである。

一昔前まで、冬になると、浜の男たちは出稼ぎに出た。浜の子供たちにとって 海明けは、待ちに待った父や兄が戻る日でもあった。「海明け」という ことばに、僕は、オホーツク海の春の明るさとともに、浜の人々の喜びや哀しみを想う。

久し振りに札幌に出た。2,3の本屋で、二十数冊の国語辞典を片っ端から調べてみた。もちろん立ち読みである。「海明け」の項を載せているのは、2冊しかなかった。

「海明け」は単なる浜ことば かもしれないが、素晴らしいことばだと思う。英語ではbreak-upという。これは、裂け目とか崩壊を意味し、いかにも即物的で味気ない。しみじみ、日本語は美しいと思う。いつの日か、これを世界語にしたい。

ところで、何をもって「海明け」とするのだろうか。気象庁は、視界内の流氷の面積が半分以下となり、船舶が航行できるようになった最初の日を「海明け」としている。同様に、視界内から流氷が去った日を「流氷終日」という。至極当然の定義のようだが、この判定となるとなかなか厄介だ。

流氷は気まぐれである。昨日までの開水面や水路が、風向き次第で、再び閉ざされてしまうこともしばしばである。だから、気象庁は、日をさかのぼって、公式の「流氷終日」や「海明け」を決めることにしている。

さて、気象庁による公式の定義とは別に、浜には、もう1つの「海明け」がある。

二昔も前の話である。当時、僕は、しばしば、アラスカへ海氷調査に出かけた。春近いある日、車で走っていると、ユーコン川の川岸に人だかりを見かけた。皆んなが凍てついた川面を眺めている。テントの中から双眼鏡を覗いている奴もいる。自分のことは棚に上げて、暇な奴らだなと思いながら、車を停め、何をしてるのかと尋ねた。

1人が、氷に覆われた川の中程に立っている棒杭を指差しながら教えてくれた。棒が倒れる時刻を的確に当てると、でかい賞金が貰えるんだという。

冬の間、ユーコン川は完全に凍っている。春、日差しが強くなり、氷の強度が弱まると、突如崩壊して流れ出す。これが、まさしくブレイク・アップである。棒杭には電線が張ってあり、電流が流れている。氷が流れ出すと、線が切れ、正確な時刻が決定される仕組みである。とにかく膨大な賞金らしく、全米の人が、この宝くじを買うのだそうだ。

僕も、こりゃ面白いと 、3時間ばかり仲間に入ったが、いつまでたっても、棒はびくともしない。連中、食事の用意を始めた。一緒に飯を食おうと誘われた。こんな奴らとは、とっても付き合い切れないと、あきらめて車に戻った。

帰国してからのこと。酒飲み話に「海明けクイズ」なんてなのは、どうだと?といい加減な話をした。もちろん、ヒントは、ユーコン川である。観光の目玉捜しに苦慮している我が市が、これに飛び付いた。こうして、ついに、「オホーツク海・海明けクイズ」をでっち上げられたのである。

さて、ここでも 海明けの定義が問題となった。翌日、早速、市の担当者が相談がやって来た。北大の流氷レーダーで、流氷の面積が半分になった日を 当たりとすれば、誰も文句は言わぬはずだ、是非、審査委員長になってくれという。ご本人は、いいアイデアだろう、と得意顔である。

サッカーくじが話題になった。僕は、文部省の一員である。国有財産である研究設備を、ギャンブルなどに利用してはならぬ、などと厳めしいことを考えた訳ではない。が、この案に、僕は、即座に反対した。

これには、浜の人びとの生活の匂いが感じられない! と主張して譲らなかった。僕は、漁師たちが勇んで漁に出る日を 海明けとしようと提案した。

かくして、その春、最初の出船、入り船が、港の赤、白の両灯台を結ぶ線を過ぎる時刻が、「浜の海明け」と決まったのである。

海明けクイズは、今年で、19回目を迎えた。3月13日の昼下がり、紋別の浜にドドーンと花火の音が響き渡り、港に特設された大時計の針が動きを止めた。海明けクイズ判定委員長は、紋別港所属の「宝進丸」が出港した「10時32分」をもって「海明け」とすると、と厳かに宣言した。

クイズには毎年、国内から1万余、海外からも10数通の応募があるとのこと。当選者には「海明け大賞」、「ガリンコ賞」など、数々の賞品がプレゼントされるそうだ。

クイズの海明けは、一足先に決まった。気象庁の「海明け」宣言も、間もなくだろう。

閉ざされていた白い海が、いま、再び群青色の海に戻っていく。春の陽を浴びて去っていく流氷に、別れを告げながら、今年も、また、ちょっぴり輪廻転生の思いに浸る−−−。これが、僕の「海明け」である。



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